大判例

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東京地方裁判所 昭和35年(刑わ)5233号 判決

被告人

野村直弘 外三名

主文

被告人野村直弘を罰金八千円に、同金子和雄を罰金六千円に、同山田哲朗を罰金五千円に各処する。

右罰金を完納することができない被告人に対しては、金二百円を一日に換算した期間労役場に留置する。

(訴訟費用の負担部分略)

被告人向井は無罪。

理由

(本件発生に至るまでの経過)

東邦大学(東京都大田区大森四丁目七十七番地)は、その前身を帝国女子医学、薬学専門学校と称し、終戦後教育基本法並びに学校教育法等に基き、主として医学教育を目的とする学校法人として発足し、付属機関として同大学付属病院をもつ新制大学(理事長額田晋)であるところ、同大学付属病院は、従前よりその診療等の施設も不備な上に人員不足で、そのため右付属病院に勤務する看護婦、補助婦等は常々労働量過重に基く過労に悩む一方、その給与水準も、他の一般産業関係の労働者、公務員等に比べ一段と低位にあるといわれる医療関係労働者中にあつてもなお下位に属するうえに、労働基準法制定以来十数年を経過した昭和三十五年当初においてすら、同法の要求する時間外労働等に関する協定、女子に関する時間外勤務時間の制限等がないばかりか就業規則も制定されず、超過勤務手当算定の基準も極めて曖昧な状態であつたので、昭和三十五年三月頃より職員の間に、ようやく労働組合結成の気運が醸成され、一、二右結成のための動きが見られる様になり、その後昭和三十五年七月十二日に至り、当時同大学医学部助手の地位にあつた大行良知等の努力によつて、看護婦(但し婦長全員その他若干を除く)補助婦等を主たる構成員とし、(組合員約二百三、四十名、うち男子は助手の一部、検査員守衛等計十数名)且つ右構成員の労働条件の向上等を目的とした東邦大学労働組合が結成され、右組合は即日東京都医療労働組合連合会に加盟した。そして右組合は直ちに(イ)組合事務所の貸与(ロ)掲示板の設置(ハ)組合費の給料よりの天引実施等の要求を掲げて、同大学理事者側と団体交渉を開き、その後更に同年八月十三日には組合臨時大会を開催して(ニ)就業規則の制定(ホ)時間外勤務手当制度の整備(ヘ)人員の増加等の諸要求を追加すると共に、右諸要求が容れられないときは、八月二十五日を期してストライキを実施する旨決議し、其の頃、右の旨を理事者側に通告する等の態度に出たが、然しながら右組合の諸要求中、右(イ)、(ロ)の要求は右の臨時大会開催の前後に既に理事者側がこれを諒承して解決していたし、又その余の要求も右八月二十五日迄に東京都地方労働委員会の斡旋によつて、右(ハ)を除き、ほゞ理事者側が、これを受け入れ理事者側、組合の双方間に確認書が取り交わされることとなつて、組合側も右当日ストライキを回避したため、ここに右当事者間の紛争は一旦終熄するかにみえたが、右組合員間には、なお、給与その他の労働条件につき強い不満が残存していた。

かくて、右労働組合は同年九月に入るや、その上部団体である東京都医療労働組合連合会が、さきに同年五月江の島で開催された第十二回大会で決議し、その後同年八月右連合会が更にその上部団体に当る日本医療労働協議会の第五回定期大会に持ち込んで、同協議会によつて承認された一律大幅賃上げ、最低一万円保障要求を内容とする、全国医療労働者統一闘争方針を決議採たくすると共に、右要求(但し賃上げの点については一律三千円値上げとした)に前記八月の確認書交換後も、前記理事者側が果していなかつた人員増加その他一、二の未解決の問題の善処要求を付加した要望書を同大学理事者側に提出して、これにつき団体交渉を要求する一方、同月末には、組合員大多数の賛同のもとに右要求が容れられなかつた場合にはストライキを実施する旨決議すると共に十月一日頃文書で、昭和三十五年十月十二、三日以降東邦大学付属病院においてストライキを実施する旨の労働関係調整法所定のストライキの予告を東京都地方労働委員会等にし、爾来理事者側との間に数次に亘つて団体交渉を統けたが、右理事者側も財源不足を理由に、右組合側の要求に応ぜず(理事者側は一律三千円値上げの要求については平均五百円値上げ説を固持し、最低一万円保障の要求については拒否した。)右団体交渉は難行を極め、ついに組合側は十月十七日の会議で交渉決裂の場合には、十月十八日午前七時より午后零時三十分迄の時限ストライキを断行する旨決定すると共に、その旨理事者側に通告し、右十七日午后五時半から同大学付属病院内所在の第一臨床講堂において組合員による決起大会を開催する一方、同日夕刻から翌十八日午前三時頃迄の間理事者側と最後の団体交渉を開始したが、右交渉は右十八日午前三時前後頃ついに決裂し、ここに前記大行委員長はじめ同組合幹部等は右決裂直後同日予定通り時限ストライキを実施することを決定し、その旨組合員等に通告すると共に、右十八日午前六時半頃から前記第一臨床講堂において再び開かれた組合の決起大会での席上、かねて理事者との間に協定が出来ぬものの一応所謂日曜体制を基準として組合側で用意していた看護婦二十六名を含む約七十五名の所謂保安要員の配置をはじめ、同所に集合していた組合員並びに支援労組員等の配置を夫々指示したのち、前記予定の如き時限ストライキに突入するに至つた。

(被告人等の経歴、地位)

被告人野村は東邦大学医学部を卒業后、昭和三十年七月同大学医学部助手となり、昭和三十四年四月当時同大学よりの出張形式で勤務していた富山県高岡市民病院より呼び戻されると同時に、同大学からの復帰を拒絶され、爾来同大学助手の地位を失い、その後川崎市等の私立病院に勤務する傍ら、前記東邦大学労働組合の結成後間もなく、前記解雇が不当解雇であつていまだに同大学助手の地位を喪失していないとの同組合幹部の解釈に基き、同労働組合に加入し、前記ストライキ当日は同組合の組合員としてこれに参加していたもの、被告人山田は、新制高等学校を卒業後、昭和三十二年四月東邦大学医学部の職員となり、爾来血液検査員等として引続き同大学に勤務する傍ら、前記労働組合結成と同時に、同組合に加入し、前記ストライキ当時、同組合執行委員の地位にあつたもの、被告人金子は、昭和三十二年四月法政大学第二社会学部に入学し、爾来同大学に通学する一方、昭和三十五年八月下旬頃たまたま東邦大学勤務の知人より、同大学労働組合員の歌の指導を依頼されたのがきつかけとなつて、その頃より、週一回宛位同大学労働組合事務所を訪れて、歌の指導につとめる傍ら、右組合多忙の節は折々同組合の仕事の手伝をしていた関係から、前記ストライキ前夜も同労働組合事務所に泊り込み、本件ストライキ当日右組合側のストライキを支援したもの、

であるところ

(罪となるべき事実)

第一、被告人野村、山田、金子の三名は右時限ストライキ実施の際、同日(昭和三十五年十月十八日)早朝来、非組合員である同大学病院所属の婦長等が、同日の右ストライキ実施の非常事態に対処すべく婦長室に集合していることを知るや、この際組合側の団結の力を誇示して非組合員の就労を阻止すべきであり、又日頃理事者側に同調して看護婦等に対し強硬な態度をとる婦長等に対して組合側の自主的な行動力を示すべきであるとして、婦長等を、説得のうえ、同女等をして就労を抛棄させようと思い立ち、同日午前八時過頃、東京都大田区大森五丁目六十二番地所在の同大学付属病院本館二階南々東に位置する看護婦長室(横巾二・五八米、長さ三・七三米)前に、他の労組員約十名と共に集つたところ、右部屋は既に内側より施錠され、かつ右被告人等並びに労組員等の呼びかけに対しても室内より何等の応答も示されなかつたので、ここに右被告人等並びに労組員等は、いずれも常日頃から抱いていた婦長等に対する不満、反感が一時に発して、この上は、実力をもつてしても婦長等の就業を阻止しようと決意し共同して折柄、同室内で大学本部よりの業務命令に基き当日のストライキのため極度に手薄となつた各病棟等の看護要員を補うため、各病棟からの電話連絡があり次第直ちに現場に赴くべく待機して以て非常事態に即応した業務に従事中の同大学付属病院副総婦長長島優子、婦長秋山まさ、同佐塚さか江、同渡辺和子、同笹岡此井の五名に対し交々右室のドアを乱打しながら「ドアを開けろ、あけなければドライバーをもつてきてこじあけるぞ」などと喚き立てたうえ、被告人金子において右室ドア上部の高窓に上り、その硝子戸を取り外して同窓枠を乗り越え、同大学理事長額田晋管理に係る前記室内に不法に侵入して、右ドアの鍵を開け、続いて同ドアから同じく、同室内に不法に侵入して来た被告人野村、同山田、その他労組員数名等は、右野村を先頭とし且右被告人金子をも含めて、口々に一人を残して室外に退去されたい旨を要求乃至勧告しながら同室南側窓側の長椅子の上に西側から渡辺、秋山、笹岡、長島、佐塚の順に腰かけていた右婦長等に近寄つたが、右婦長等が互に肩を組み合わせ被告人等の右勧告黙殺の挙動をしたので、右婦長五名に対し交々「俺達は気が短いんだ早くしろ」「そんなに時間をかけるんならもつと大勢呼んで来ようか」などと申向け、若し右要求を拒めば同女等の身体に危害を加えかねない様な気勢を示して、脅迫し、更に被告人野村において、右秋山の左肩辺を右腕で掴んで引き上げて立上らせる等の暴行を加え、同女と共に立上つた他の四名の婦長のうち、渡辺婦長だけに残留を命じた他、右秋山等四名を自ら先導して室外に連れ出したうえ、右被告等三名並びに前記組合員等において、右四名の前後左右に付添い且つ道々そのうちの一人(佐塚)の腕を捕えて離さぬなどの暴行を加えながら、同八時三十分頃、右婦長四名を同婦長室前から約五十八余米離れた同病院裏門ピケットライン外迄連れ出すと共に前記スト終了時頃迄これが右職場に復帰することを不能ならしめ、もつて威力を用いて右長島等五名の前記業務の執行を妨害すると共に同病院(管理者同病院長石津俊)の医療管理業務を妨害し、

第二、さらに被告人野村、山田、金子の三名は、非組合員である同大学付属病院所属の事務員等が、前記婦長等と同様に同大学付属病院本館内の事務室に集つている事実を知るや、他の労組員等約二十名位と共に、この際組合側は前同様団結の力を誇示して非組合員の就労を阻止すべきであり、又日頃縁故採用等の関係で理事者側に同調し、組合員に対し非協力的な態度をとつている事務員等に対し組合側の自主的な行動力を示すべきであるとして前記第一冒頭記載同様の行動を採らうと思い立ち、前同日午前九時十五分頃、前記額田晋の管理に係る右病院本館一階北西隅に位する事務室(横巾六・二五米、長さ一〇・九三米)に至るや右組合員等と共同してドヤドヤと立ち入り、同事務室内でさきに発せられた同大学本部よりの業務命令並びに同命令を受けた同病院事務課長安藤武夫の指示により右初めてのストライキに対処すべく、当時右本館事務室に所属していた事務員十八、九名中特に選抜されて非常の配置のもとに夫々各種医療費の請求、外来事務、受付事務、電話の応待等の事務に従事中の右安藤課長はじめ、小坂忠、加世田作馬、山内隆行等九名の男子事務職員並びに当日の組合側の行動に対処するため、その本来の職場である給食事務室(同大学付属病院内第二病棟地下室所在)より、右本館事務室に出向き、同所で、右安藤課長の指示を待機していた花岡瞳、木村純子等の栄養士三名並びに給食事務室所属の事務員武川清子(現姓鈴木)以上十三名の非組合員に対して室外への、退去を要求したが、右安藤を初め事務員等が口々に「業務命令がでているから、仕事を中止することはできない」旨反論して、右要求を拒否するやなおも執拗に退去方を迫つていたところ、その場に来合せた相被告人向井の勧告もあつてその結果前記安藤課長を初め加世田、山内等は「事務室より退去してよいかどうか大学本部と電話連絡するから十分間だけ待つてくれ」との申出をなし、前記被告人三名並に組合員等はこれを了承して一旦は室外に退去してその回答を待つたものの、右約束の時間近く経過しても、大学本部との連絡がついた様子もなく、且つ右安藤以下の者達にも一向に退去の様子が期待されない状況を看取するや、ここに前記被告人三名並びに他の組合員等は、いずれも右安藤等の態度に業をにやすと共に同人等への日頃の反感も手伝つて、この上は実力を用いても同人等を室外に退去させて、右就業を阻止しようと決意し、再び右事務室内において右安藤以下十三名の者に対し口々に「時間だ時間だ早く出ろ」などと怒号し、同人等の身体に危害を加えかねない気勢を示して脅迫すると共に右安藤、小坂、加世田、長沢、三原、武川(現姓鈴木)、木村等々に対し夫々坐つた椅子ごと持ち上げる、左右から手を持つて引張る、後ろから抱きついて押し、前に廻つて両腕を掴んで引張る、長さ約一米六、七十糎の旗竿を横にして後ろから押す、右旗竿で背中を小突くなどの暴行を加え同十時頃迄に保安要員としてその場に残留せしめた鈴木吉彦、花岡瞳の男女二名の職員を除く爾余の十一名を右事務室から約四十九米余離れた前記裏門ピケツイライン外まで連れ出して、前記スト終了時刻頃まで、これが職場復帰を不能ならしめ、もつて威力を用いて右安藤等十三名の前記業務の執行を妨害すると共に同病院「管理者前同様」の医療管理業務を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人等の主張についての判断)

一、違法性を阻却するとの点について

被告人金子を除く他の被告人等の弁護人は、およそ争議中の刑事事件について、その違法性を評価する場合は、検察官所論の如くたんに行為自体を構成要件にあてはめて判断するだけでは足りず、憲法及び、各関係労働法規が、争議権を保障した制度の趣旨から、当該行為の際の諸般の事情を考慮してなされねばならないのであつて、したがつて本件被告人等の所為を評価するに際しても、その争議の原因、経過など具体的な事情から事件を切りはなすことなく、その背景をなすものも十分考慮しなければならないと思料されるところ、本件の際の主たる争議は、当時行われた日本医療労働協議会統一ストライキの第一波に付随し、且つ東邦大学付属病院における従来からの看護婦、補助婦(ヘルバー)等の劣悪な労働条件、及び粗悪な設備に加えて、就業規則すら制定されぬ等々の労働基準法並びに医療法に違反した労務管理がなされていた状態を打開すべく、当時結成されていた東邦大学労働組合、組合員等の右待遇改善を願う気持が背景となつて、生じたものであり、しかも右日本医療労働協議会の統一ストライキは医療労働者の低賃銀・一点単価内の看護婦等の賃銀割当率に表現される政府の医療費政策の貧困に根ざすものであつて、多くの国民の共感と支持を得て全国的に発展したものであること、及び本件被告人等の行動は終始整然と行われ、且つ本件所為の目的も、組合側としては、最後迄ストの回避に努力し且つ保安要員を用意した等、その行動の示すとおり決して経営者側に打撃を与えることを目的としたものではなかつたばかりか、かえつて経営者側の方で右争議の前日日赤に講習にいつていた笹岡婦長を呼び戻して右争議に備える等の争議対策を樹立して右争議の回避に誠意を見せなかつた等のことがあり、これらの諸事情に加えて本件被告人等の所為は、行為それ自体としても単なる団結権の行使に通常伴う程度の威力にすぎず、暴行、脅迫に該当しない程度の些細な事柄に属し、しかも、被告人等の本件行為当時の事情即ち、被告人等は争議経験の欠如のため、本件争議に際し、かかる場合にとるべき手段についての知識を欠いていた等々の事情をも併せ考慮し、更には、本件後非組合員によつて結成された再建同志会等々の団体が、本件組合員に加えた数々の暴行、圧迫等によつて推認される経営者側の労務管理についての意思等諸般の事情をも加えて考えるならば、右被告人等の所為は、いまだ説得の範囲内に属する行為又は社会的相当性を逸脱しない程度の行為と考えられ、之を要するに被告人の本件所為は刑法第三十五条の正当行為であつて違法性を阻却されとうてい、公訴提起の対象とするに足りないものであつて無罪の判決がなさるべきである旨夫々主張し

又被告人金子の弁護人は、金子被告人の本件程度の所為は、ストに際して通常伴う程度のものであつて、ストの効果に含まれるものとして当然容認さるべきものである。即ち、本件被告人等の婦長室取び事務室での行動についての経営者側の各証人の証言は被害妄想的なものであつて、その証明力の判断に際しては充分減殺されて然るべきものである。本件各証拠によれば右被告人等が、婦長、事務員等に対し或程度の威力を加えたことが認められるが、この程度の威力の行使はストライキの当然の効果である。仮りに右被告人等に行きすぎの行為があつたとしても、それは、本件所為の際に被告人等と共に行動していた組合員の大半が女性であつたことから、その場の状況に興奮した女性のムードに押された結果であつて、この程度の軽微な行為は、いまだ違法性を持たず、これを要するに右被告人の本件所為は、刑法第三十五条の正当行為の規定により違法性を阻却さるべきである旨主張する。

よつて審究すると、

判示冒頭記載の如く、本件争議が、労働負担の過重、および低賃金等劣悪な、労働条件並びに施設の不備等に起因し、これが改善を目的として勃発したものであることは、弁護人所論のとおりであるが、争議行為にして正当であつたとしても、その故を以てこれに付随して発生する事件が、つねに法律上の非難を免れるものとなすことはできず、その行為が、諸般の事情よりしてその限界を超え、刑事法上の構成要件に該当し、違法かつ有責なるものと認められるときは、その犯罪の成立を妨げるものではない。而して、

(一)  弁護人主張の違法性については、これを実質的に理解し、社会共同生活の秩序と社会正義の理念に照し、その行為が、法律秩序の精神に違反するか否かの見地から評価すべきものであり、行為にして健全な社会通念に照らしてその動機目的において正当であり、そのための手段方法として相当とされ、またその内容においても行為により保護しようとする法益と行為の結果侵害さるべき法益と対比して均衡を失わない等相当と認められ、行為全体として社会共同生活の秩序と社会正義の理念に適応し、法律秩序の精神に照らして是認できるかぎり、たとい正当防衛、緊急避難ないしは自救行為を充足しない場合であつても、なお超法規的に行為の形式的違法の推定を打破し、犯罪の成立を阻却するものと解するを相当とする。

そこで、これを本件被告人等(被告人向井を除く)の行為当時の状況に即して検討して見ると、

(1) 本件被告人等の行為に関するいわゆる経営者側の証人の証言は、被害妄想的であつて減殺さるべきものであるとの弁護人の主張については、第一の事実につき、証人中村勝子は当公廷で、「自分は野村さんの後にいた。野村さんは出て貰いたいと云つていた。婦長さん五人は窓側にスクラム組んで座つていた。向つて右から渡辺婦長、秋山婦長、笹岡婦長、長島婦長、佐塚婦長の順で、野村さんは秋山婦長の前にいた。婦長さんは返事をしなかつたので、野村さんは、一人残つて他の人は出ろと云つた。野村さんが秋山さんの手を握ると婦長さん達は皆ずつと立つた。婦長さんたちの顔色は普通で怖がつていなかつた。無理矢理に出したということはない。」旨仔細に被告人野村の行動につき供述しながら、また「野村さんの後にいたが、野村さんがどうしたか、はつきり分らない。」旨供述し、あるいは、「自分の発言については記憶していない。」とする供述し、さらに、婦長の退去につき「素直に出なかつたのは拒否する無言の意思表示ととれないか」なる趣旨の検察官の反対尋問に対しては黙して答えないのであつて、その供述極めて暖昧であつて明確を欠き、また、証人岩田光子は当公廷で、「婦長室には、金子さんが上のらんまを外ずして入り、内側から鍵を外ずして七、八人入つた。」一米一寸離れた所で見たが、野村さんが、さあ出ましようと手を出したのを見た。口々に出て行つてくれと発言していた。」旨供述していながら、「野村さんが手を出したのを見たが、はつきり見えなかつた。」とかあるいは、「その時の室の状況は冷静ではないが、喧騒ではない」旨供述しているところは、たやすく理解できないところであり、

また、第二の事実につき、証人岩田光子は、当公廷で、「組合員の言葉は、普通の話と同じて、脅迫ではなく穏やかであつた。」旨供述していながら、「時々小坂さんの出ない出ないという声が聞こえたが、拒否したとは感じなかつた。」旨供述しているのであつて、しかも同証人は終始事務室におりながら、目撃したのはその約半数にすぎないばかりでなく、「事務職員の退去する模様は見ていない」のであり、さらに、証人榎園静枝も当公廷で、「女性が主だつたので無理矢理に事務職員を引摺り出したり、乱暴したような事は記憶はない。みんなぞろぞろ出た。」「緊迫した空気とは感じられなかつた。また、事務員は出るとき混乱した感じはなかつた」旨供述しながら、「小坂さんは絶対に動かないと云うので、自分等が頼んでいた。他の人は、小坂さんが出ないので取り囲んだ。野村さんは後から小坂さんを抱いて出したが、小坂さんは、すごく暴れていた。」旨、前後甚だしく矛盾する供述をしているのであつて、判示認定を覆すに足るものとはなしがたいのであり、

(2) さらに、証人大行良知、同神谷好子、同中村勝子、同岩田光子の当公廷の各供述によれば、婦長等を含む非組合員に対する措置については組合においては何等討議したことはなく、従つて非組合員の追い出しについては、本件争議当日も決定していなかつたこと認められ、

(3) また、証人石津俊、同額田芬、同安藤武夫、同長島優子の当公廷の各供述によれば、本件争議当日以前より東邦大学理事長名義にてストライキ当日も非組合員は平常通り勤務に服すべき旨の業務命令発せられ、その命令書は、同病院本館事務室前等に掲示せられており、婦長を始め事務職員等非組合員に対し、待機ないしは非常配置の形で右当日夫々就業せしめたことが認められ、

以上の事実を、前記違法性の判断の基準に照らして考察するときは、本件争議の目的において正当であつたとしても、そのための手段、方法として相当のものとは到底認めがたいことは勿論、保護法益また均衡を失わないものとは謂いがたいのであつて、弁護人所論の背景、並びに目的については、情状としてこそ後記の如く十分に諒察斜酌しうるとしても、被告人等(被告人向井を除く)の本件所為が社会共同生活の秩序と社会正義の理念に照らし、法律秩序の精神に合致するものと認めることはできない。従つて、また、被告人等の本件所為は、権利の行使であるとする弁護人の所論にも賛成できない。

(二)  そして、弁護人が、本件被告人等の行為を以て、いわゆる説得の範囲内にありと主張するところも、叙上認定に徴すれば到底首肯しがたいところであつて、説得とする以上、これにふさわしい平和的穏便なる手段によりその飜意を促し、その自由意思によつてその業務より離脱せしむるものでなければならず、判示の如き違法なる手段に出でてその就業を阻止するが如きは、いわゆる説得の範囲を逸脱し、到底許されないものであるといわねばならない。

よつて、弁護人の石主張は、これを採用することができない。

二、住居侵入罪は不成立との点について

弁護人等は、被告人等の本件住居侵入の事実につき、

(1)  被告人等の間に共謀の事実はなく、被告人野村および同山田において婦長室に立入つたのは、被告人金子において内側より扉を開いたので自然に入つたにすぎず、

(2)  また、本件立入り場所は、いずれも公共的施設である病院内であつて、平素公開されていたものであるから、非組合員の説得を目的とする本件被告人等の立入の行為は、住居侵入罪を構成しない。

(3)  さらに、労働争議は、常に管理者の意思に反して行われるものであるから、本件の如き労働争議に伴う立入り行為は、住居侵入罪を構成するものではない、旨主張する。

しかし(1)の点については、前掲証拠によれば、右侵入行為につき互にこれを制止した形跡は毫もこれを認めることができないばかりか、共同目的実行のため互に暗黙の裡に意思連絡して立入り行為を認容し、相共に立入つていること認められ、(2)の点については、所論の公共施設的開放性は、一般に正常の用務を帯びて頻繁に出入りすることが予想せられる関係上、単に一般の便宜を考慮して採られる事実上の問題にすぎないのであつて、その属性ではないのであるから、その故を以てかかる公共的施設が、一般の住居と特段にその取扱いを異にし、住居侵入罪の保護に値いしないものとなすことはできず、殊に(イ)前記婦長室の如く内部より施錠してあるような場合においては、当然病院の管理者または少くともその管理権を委任されている居室者等の承諾を得べきは、住居侵入罪の法意に照して明白であり、たとい組合員であつてその目的が説得行為にあつたとするも、その意に反して右室に侵入するが如きは、住居侵入罪の成立すること言を俊たないところであり、また(ロ)、判示事務室についても、判示の如き侵入の手段、方法並に態様等に鑑みるときは、また住居侵入罪を構成するもの、といわなければならない。(被告人向井については、末尾に判断。)

さらに、(3)の点についても、およそ憲法その他の法規によつて労働者の団体交渉権、争議権が認められている以上、争議中の組合員等によつてなされる職場内事務所等の立入り行為が、すべて違法であるということはできず、当然違法性ないしは構成要件該当性を阻却する場合の存することは、弁護人所論の如くであつて、これを例えば本件の如く説得のためとあらば、これに即した少数の代表者を選定し、飽迄平穏裡に当該場所に立入り、説得にふさわしい行為に出でるが如きは正当行為として住居侵入罪を構成するものとはいえないのであるが、判示のような侵入の方法、態様は、その目的の適法性、正当性の如何に拘らず、住居侵入罪を構成するものといわなければならない。

よつて弁護人の此の点に関する主張にも賛成することはできない。

三、違法の認識を欠くとの点について。

弁護人の所論中には、被告人等はいずれも正当な争議行為と信じて本件所為に出でたのであるから、被告人等は本件所為につき違法の認識を欠くとの主張も散見し、被告人等またこれと同旨の主張をしているのであるが、被告人向井を除くその余の被告人等の本件所為が、いずれもいわゆる説得の範囲を逸脱した法律上の非難に値いするものであることは、上来説示し来つたところに徴し明らかであるが、被告人等にして本件所為を正当なる争議行為と誤信していたものとすれば、それはいわゆる法律の錯誤(禁止の錯誤)にあたるものといわねばならない。

ところで、違法の認識ないしその認識の可能性を欠くとの主張については、わが国の判例は、周知のとおり、これを故意の要件としないとする原則的立場をとつているのであるから、この見地に従うときは、あえて論ずる余地もないのであるが、なお法律の錯誤について相当な理由があるときは、故意は阻却されるとして、違法の認識ないしその認識の可能性を故意の要件とする見解に立つ判例も若干見受けられるばかりでなく、さらに違法の認識ないしその認識の可能性を責任の要素と解する近時の有力なる見解をも顧慮して、さらに刑事責任の社会倫理的および道義的意義並びに性質につき省察を加えるときは、違法の認識の可能性のない不可避的な法律の錯誤の場合にまで法律上の責任非難を加えることは正当でない、とすることもまた十分考慮に値いするものあるといわねばならない。

ひるがえつて、被告人向井を除くその余の被告人等が、争議経験に乏しく未熟であつたことは、前掲証拠に徴して窺われるところであるが、前叙のように、本件争議に際し非組合員追い出しその他の実力行使については、何等組合においてこれを決定したことはないのであるから、なおそれだけに慎重な行動態度を要求されることも期待できないことではなく、これをさらに、被告人等がかかる行為に出でたことは、まさに組合の斗争方針よりも逸脱した一部少数の者による独走的なものであつたこと等本件行為当時の事情、殊に判示のような動機、行為の態様並びに被告人等の閲歴等、に鑑みるときは、被告人等にかかる行動に出でないことを期待することも、あながち難きを求めるものとはいいがたいのであつて、従つてその錯誤は不可避なものであつたとは認めがたいのであるから、被告人等は、やはり刑事責任を免れることはできないものといわなければならない。

四、刑の量定上考慮すべき事情。

本件発生の動機原因をなす争議に至る経過が、判示冒頭記載のとおりであつて、本件は、かかる経緯を背景として発生を見るに至つたものであり、その動機については十分諒察できるところであるが、さればと云つて判示認定の如き違法なる手段を用いて非組合員の業務阻害に出でるが如きことは、法の厳に許さないところであるといわねばならない。

然し乍ら、本件は、東邦大学附属病院最初の争議に付随して発生した事件であつて、被告人等を始めとして組合員等いずれも争議経験に極めて乏しく、未熟であつた上に、日頃の婦長、事務職員等に対する反感も加わつて、その場の雰囲気に触発され、かかる場合の組合員としての執るべき措置および行動の限界についての考慮判断を誤まるに至つた偶発的事件であり、幸い病院側にとつて業務の支障も僅少に止まつたばかりでなく、昭和三十六年九月四日東京都地方労働委員会の斡旋により大学当局と組合側との間に協定成立し、本件争議以来激化の道を辿つた両者間の対立紛争も一応解決するに至つた以上、徙らに既往を責むるのみに急でなく、厳に戒めれば足るので、各被告人等の犯情および経歴地位及びその他諸般の情状を斟酌して夫々罰金刑を以て処断するに止める。

(法令の適用)

被告人野村、同金子、同山田の判示第一、第二の各所為中各住居侵入の点は各刑法第百三十条、罰金等臨時措置法第二条、第三条刑法第六十条に、数名共同して暴行脅迫をした点は各包括して暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、各威力業務妨害の点は、各包括して刑法第二百三十四条、第二百三十三条罰金等臨時措置法第二条、第三条刑法第六十条に夫々該当するところ、右各住居侵入と、各暴力行為等処罰に関する法律違反の行為及び威力業務妨害の行為との各間には、いずれも手段結果の関係があり、又右威力業務妨害と暴力行為等処罰に関する法律違反の行為とは、一個の行為で二個の罪名に該るから、刑法第五十四条第一項前段、後段第十条に則り、右判示第一、第二の各事実とも、いずれも最も重い威力業務妨害の刑に従い所定刑中いずれも罰金刑を選択し、なお、右被告人三名の右第一、及第二の各所為は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第二項に則り、その合算額の範囲内で、右被告人三名を夫々その前記各情状に応じて、主文第一項の刑に処し、なお主文第二項掲記の罰金刑の換算につき刑法第十八条を、また被告人野村、同山田の主文第三項掲記の各訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を、また被告人金子の訴訟費用の免除につき、同法第百八十一条第一項但書を、夫々適用する。

(本件中無罪の部分についての判断)

本件向井被告人に対する公訴事実の要旨は、

「被告人は東京慈恵会医科大学労働組合書記長、東京地方医療労働組員連合会執行委員で、予て争議中の東邦大学労働組合を支援していたものであるが、同労組が、昭和三十五年十月十八日午前七時より同日午後零時三十分までの間時限ストライキを行つた際、非組合員の就業を実力をもつて阻止しようと企て労組員等多数と共謀の上、同日午前九時十五分頃東京都太田区大森五丁目六十二番地所在東邦大学病院本館一階事務室(管理者同大学理事長額田晋)に労組員等二十数名と共に不法に押入り、就勤中の非組合員である同病院事務課長安藤武夫外事務職員九名及び栄養士花岡瞳等三名に対し、その身辺を取り囲み「スト破りだから出て行け」、「お前達がここを出ないと病院の保安要員を全部引揚げてしまうぞ、そのため何が起つてもお前達の責任だ」「組合がどんなこわいものか知つているだろう」などと交々怒鳴りつけ、右職員等の退去を迫つたが、前記安藤等が直ちに之に応ずる態度を示さないため更に「この野郎話しのわからねえ野郎だ、早く出ろ」、「言うことを聞かねば消してしまえ」などと怒号脅迫し、坐つた椅子を持ち上げる、腕を引張る、後ろから押す、抱きかかえる、旗竿で小突くなどして同十時頃右職員中男女二名を残した右安藤等十一名を同事務室から約五十米離れた前記裏門ピケツトライン外まで引き出す等の暴行を加え、前記スト終了時刻頃まで右十一名を同病院から閉め出し、もつて威力を用い右安藤等十三名の業務執行を妨害すると共に同病院の医療管理業務をも、妨害したものである。」というのである。

よつてこの点について検討すると、右の公訴事実中暴力行為乃至威力業務妨害の各事実についての同被告人の共謀の事実については相被告人山田哲郎の検察官に対する昭和三十五年十一月十七日付供述調書就中その第五項中の「又宇田川氏の指示で応援労組員「女性も数名いたが殆んど男)は全員行動隊として非組合員を職場から、追い出す役目を指示されました。中略なお慈恵大労組の向井氏も、中略行動隊の中には加わつておりました。」との記載部分及び同第十五項中の「事務室から一旦外に出て十分位待機した時組合側の幹部四、五名が入口前辺に集つて、みんな外に出しちやおうなどと云つて追い出しの相談をしておるのをそばで聞きました。その中に向井氏がいたことはたしかですが、中略」との記載部分が夫々あり、次に同被告人の暴行等の実行々為の点については、同じく右相被告人山田の検察官に対する前掲供述調書第十一項中の「前略、向井と山内が云い合いをしている時山内に出ろと云つて腕をとつて押し出したようなこともあります。」との記載部分があるのである。

よつて審究すると、

(一)  本件争議当日の組合員の編成は、東邦大学労組委員長たる証人大行良知の当公廷の供述によれば、保安要員、ピケ隊、説得班、連絡班の四班であつたとしており、また同労組中央執行委員たる証人岩田光子、同中村勝子等もまたこれと同旨の供述をしており、右の如き行動隊については、ひとり被告人山田の前記供述調書中にその記載存するのみであつて、右証人等の供述と対比しても遽かに信を措きがたいばかりでなく、かかる行動隊が存在するのにおいては、少くともこれが、存在ないしは活動を推知せしむるが如き証拠が存在するものと思料せられるに拘らず、その他一切の証拠を比照してもなお片りんだもその存在を窺わしめるが如き証拠は、発見することができないのであつて、従つてこれが存在を前提とする右被告人山田の供述調書中第五項の供述記載部分は、たやすく信用できず、被告人向井が当公廷で供述する如く行動隊の存在については分らないとすることも首肯され、

(二)  また、被告人向井の本件争議当日における山内に対する行動については、証人山内隆行の当公廷の供述によれば、同被告人との間に言葉の応酬があつたことこそ認められはすれ、同被告人より暴行を受けたるごときことは、全く同証人の供述していないところであるばかりか、同証人の肩に手をかけたのは、かえつて被告人山田であることが認められ、従つて被告人山田の右供述調書中に山内に暴行を加えた旨の前掲記載は山田を指称しているものと認めざるをえないのであつて、以上の事実に照らせば、被告人向井に関する被告人山田の供述調書中の第十一項の記載部分もまた証拠とするに足りず、

(三)  また、証人加世田作馬、同加藤千之輔、同山内隆行、同三原康夫、同鈴木吉彦、同安藤武夫、同小坂忠の当公廷の各供述によれば、被告人向井が、判示事務室において、退去しなければ保安要員を引揚げる旨発言したことは明らかに認められるところであるが、右の如き発言のあつたのは、証人加世田作馬、同岩田光子の当公廷の各供述によれば、判示十分間の休憩以前のことに属し、しかも証人山内隆行の当公廷の供述によれば、同人等が右発言を受けて上司に連絡してみるから十分間待つて欲しい旨述べた相手方は、向井であること、そしてまた判示の如く、被告人等を始めとして組合員全員がその申出を応諾して一旦室外に退去した事実、並びに証人加世田作馬は、当公廷で、被告人向井の右発言は説得する如く、脅迫的に事務員等に対し述べられた旨供述しているが、前記証人等の各供述によるも、右発言が殊更脅迫的なる言辞の如く受領される節あるものとは認めることができないばかりか、却つて証人安藤武夫、同小坂忠の各供述就中右安藤の「そのうち慈恵医大の向井氏が安藤さんどうですか組合のいうことをきいてあげませんかと言つて来た」旨に表現される供述によれば説得的であつたことが認められ、また証人長沢敬基の当公廷の供述によれば、同被告人は事務室の隅にいた等同被告人につき、前叙のような発言を除いては何等の注目に値いする言動も見られない事実等以上同被告人の事務室内における言動、態度、状況等に徴すれば、前記被告人山田の供述調書第十五項中の「追い出して相談をしておるそばで聞きました。その中に向井氏がいたことはたしかです。」なる部分もまた信用できないのであつて、

以上の事実に、

証人大行良知、同額田芬の当公廷の各供述により認められる前記争議当日の保安要員は、一応組合側の自由意思により提出されたものである事実、並びに被告人向井は、本件各証拠によれば、昭和二十八年慶応大学卒業と同時に慈恵医大学職員となり、その後同大学労働組合の書記長に就任して本件ストライキ当日迄約六年間引続き右地位にある傍ら、本件ストライキ当時本件組合の上部団体に当る東京都医療労働組合連合会執行委員の地位をも兼有しておつたことと本件争議以前の団体交渉の席にも一、二度参加したことがあるとはいえ、それは、いずれも東邦大学労働組合側の立場としてではなくて、その上部団体に当る前記連合会の執行委員乃至慈恵会医科大学労働組合の書記長としての立場として傍聴の形ちで出席していたのにすぎず、本件当日も専ら右の資格による支援として参加した等の諸事実が認められるが、右認定の経歴、職歴および地位、殊に本件争議の発生前、団体交渉の際にもしばしば傍聴の形式にて出席していた事実等を綜合すれば、同被告人が、当公廷で供述する如く、本件争議当日たまたま同被告人が、事務室の前にさしかかつた際、組合員等が、事務室内に立入ろうとしていたので、何分本件争議が、東邦大学最初の争議であつて、組合員はいずれも争議経験に乏しく未熟なところから、自己の争議についての経験上よりして、むしろ問題の発生紛糾を恐れて専らこれが回避に努力して前記の如き発言をしていたものと認められ、これによれば、同被告人の右言動は、何等いわゆる説得の範囲を逸脱するものでないことは勿論、その余の被告人等の事務職員等に対する感情、意図等と全く異別なものであつて、飽迄独り平和的説得の域に止まり、これに終始していたものと認められる以上、公訴事実記載の如き暴力行為ないし威力業務妨害等の行為につき、爾余の被告人等と共謀があつたものとは元より認めることはできず、また、同被告人の事務室立入りについても違法の目的はなく、叙上の経緯に鑑みるも右事務室の管理者の推定的承諾も推認せられるところであるから、単に同時刻頃他の被告人等と共に立入つたというだけでは、住居侵入の罪についての共謀あつたものとは認めることはできない。

結局同被告人に対する公訴事実については、犯罪の証明がなかつたことに帰着するので、刑事訴訟法第三百三十六条に則り同被告人に対しては無罪の言渡をすることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺五三九 佐々木史朗 中谷敬吉)

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